2012年5月19日土曜日

膨張する宇宙


1920年代に宇宙の膨張が発見されて、何千年とまでは言わなくとも何百年もの あいだ天文学者を悩ませ続けてきた二つの問題がついに解明されました。 それらの問題は、宇宙には果てがあるのかないのか、また宇宙は永遠に 存在するのか有限の時間だけかというもっとも基本的な疑問に関するも のです。

古代ギリシャの人々は、宇宙が無限であると考えるとさまざまな困難があり、 また有限であるとしても困難があることを知っていました。彼らは、もし 宇宙空間が有限であるとすれば、その端に行った人間が端から外へ 手を出したら、その手はどこへ行くことになるのかと述べています。 科学的な宇宙論が起こってきた現代、これらの疑問は天文学の知識と観測 によって、新しい展開を見せています。

夜空が暗いという基本的な観測事実に関して、オルーバスという人物に ちなんだ「オルバースのパラドックス」という逆説があります。その逆説は こう述べます。「もし宇宙が無限に広がっていてその中にはどこでも星がある とする。すると、空のどの方向を見たとしても、その視線はいつかはどれかの 星の表面に当たるはずである。星は遠くにあるほど天球上で小さく見えるが、 小さくても有限の面積をもっている。星の明るさは距離とともに減少するが、 単位面積あたりの明るさ、すなわち面輝度は距離によらず一定である。 これは幾何学的な帰結である(明るさは距離の2乗に逆比例するが、単位立体角 に対する実面積は距離の2乗に比例するので、両者の効果がうち消し合う。) したがって、もし宇宙が無限に広がっていれば、どの方向でも、つまり夜空 全体が星の表面と同じように明るく輝くはずである。」しかし、実際はそんな ことはありません。

ニュートンが重力(万有引力)の理論を作っていたときに、宇宙が永遠だとする とやはり困難が生じることがわかりました。もし宇宙が無限の過去から存在した としたら、常に引き合う力である万有引力によって、宇宙にある全ての物質は 現在までに、互いに引き合って1つの巨大な塊になってしまっているはずです。 しかし、明らかにそうはなっていません。

一般相対性理論にもとづいて重力の理論を構築したアインシュタインも、この 問題を認識していました。この問題を避けるために彼は、大きな空間スケール においては重力に対抗する力として働く、「宇宙定数」という定数項 を方程式に加えたのです。このことによって、静的な宇宙、すなわち静止 している宇宙を表す方程式の解が得られました。アインシュタインは静止宇宙 のモデルを実現したのです。しかしその後すぐに、静止宇宙は力学的に不安定 であり、全ての物質はいずれにせよ1つの巨大な塊になってしまうことが指摘 されました。


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同じ頃、大口径の望遠鏡が次々と建設されていました。それらは、遠い暗い天体の スペクトル(光の強度を波長の関数として表したもの)を精密に測定すること ができるものでした。それらの強力な望遠鏡から得られた新しいデータを用 いて、天文学者たちは多数の淡い星雲状の天体の性質を理解しようと必死の 努力をしていました。1912年から1922年の間に、アリゾナ州にあるローウェル天文 台の一人の天文学者、ベスト・スライファーは、これらの天体の多くのものか ら来る光の波長は、地上で観測する波長に比べて赤い方(長波長側)にずれ ていること、すなわち「赤方偏移」していることを発見しました。その後すぐに、 これらの星雲状の天体は遠方にある銀河であることが示されたのです。

まもなく、アインシュタインの重力理論の研究をしていた物理学者や数学者 は、アインシュタインのもともとの方程式に、膨張する宇宙を表す解があるこ とを発見しました。それらの解においては、遠方にある天体から来る光は、膨張 する宇宙を伝わってくるうちに赤方偏移すること、また赤方偏移の量は天体の 距離とともに増加することも示されていました。

1929年に、カリフォルニア州のパサデナにあるカーネギー天文台で研究 していたエドウィン・ハッブルは、多数の遠方銀河の赤方偏移と距離を 測定しました。赤方偏移はスペクトルから求め、銀河の距離は、セファイドと 呼ばれるタイプの変光星の明るさを測るという方法で決められました。 宇宙膨張のために銀河はわれわれから遠ざかるように見えますが、赤方偏移 の量はその遠ざかる速度(後退速度)に比例しているのです。 ハッブルは、銀河の赤方偏移、すなわち後退速度が銀河までの距離に 比例して増加することを示しました。これは宇宙が実際に膨張している ことの証拠でした。

宇宙が膨張していることが理解されるとすぐに、宇宙は過去には今よりも 小さかったはずであることが認識されました。この考えを過去へ過去へと推 し進めてゆくと、宇宙は結局は小さな「一点」になってしまいます。 今日ではこの「宇宙が一点になる時」が、宇宙の始まりであると考えら れています。急激な爆発的膨張による一点からの宇宙の誕生は、後に 「ビッグバン」と呼ばれるようになりました。

いまや宇宙はもはや時間的に永遠ではないことがわかりました。また、宇宙は 膨張しているので、物質密度などの宇宙の基本的な物理量は過去においては 現在とは異なっていました。したがって、宇宙は進化(変化)しているのです。 現代物理学に基づいたこの新しい概念が、古代から20世紀初頭まで天文学者を 悩ませてきた問題を解決したのです。


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膨張宇宙を記述する方程式には、非常に異なる宇宙の未来を予言する 三つの解があることがわかりまし。そのうちのどれが本当の宇宙の運命と なるのでしょうか?それは、宇宙に含まれる物質の量に対して、どれくらい 宇宙が急激に膨張しているかを測定すればわかります。

それらの三つの宇宙はそれぞれ、「開いた宇宙(Open Universe)」、 「平坦な宇宙(Flat Universe)」、「閉じた宇宙(Closed Universe)」と呼ばれ ています。それらの振る舞いが図に示されています。図の横軸は時間、縦軸 は銀河間の距離で、宇宙の大きさを表しています。開いた宇宙は永遠に膨張し続け ます。無限の時間が経ったとしてもその膨張速度は有限の値をもちます。平坦な 宇宙も永遠に膨張を続けますが、膨張率は無限の時間が経つとゼロになり ます。つまり、無限の未来に静止するのです。閉じた宇宙はある時点で膨張が 止まり、その後再び収縮を始めます。収縮の後はおそらく次のビッグバンへと つながってゆくでしょう。どの場合でも、膨張を減速し、場合によっては収縮 を引き起こす力は重力です。

これら三つの異なるタイプの宇宙を理解する簡単な方法は、地球の表面 から特定の速度で打ち上げられた宇宙船に例えることです。もしその宇宙船が 地球の重力から脱出するのに十分な速度を持っていなかったら、 いずれは地球に落ちてくることになります。これは、再収縮する閉じた宇宙の 例です。もし、宇宙船が重力をちょうど振り切るだけの速度を与えられた なら、それは地球を飛び出し、地球から無限に遠い地点で静止します (平坦な宇宙の例)。そして最後に、脱出するのに必要な速度以上の速度を 与えられたなら、宇宙船は地球を飛び出し、無限の遠方においても有限の速度 を保って飛び続けます(開いた宇宙の例)。

ここ80年間、天文学者は二つの宇宙論パラメータ (Ho - ハッブル定数とΩ - 密度パラメータ) を高い精度で測定することに努力を傾けてきました。 前者は、宇宙がどのくらい急速に膨張しているか、また後者は、宇宙に どれくらい物質があるかを表す定数です。 これら二つのパラメータの値を知れば、我々は上記三つのうちのどの タイプの宇宙に住んでいるか、そしてその運命がどうなるかがわかる のです。スローン・ディジタル・スカイサーベイは、宇宙における 銀河の密度を広い領域で体系的に調べるので、天文学者は密度パラメータ Ωを精確に決めることができるでしょう。

天文学者は宇宙の幾何学的構造に興味を持っているばかりではなく、 宇宙の物理状態にも関心を寄せています。例えば、なぜ宇宙にある元素の 大部分は水素とヘリウムで、それより重い元素が極めて少ないのか という疑問があります。


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1930年代、40年代、50年代と原子核物理学が勃興するのにつれて、科学者は、 宇宙初期に存在していたと信じられている水素から、水素より重いすべての 元素を合成することで、各元素の存在量を説明できるかどうか検証を始め ました。ガモフ、ハーマン、アルファーの三人の科学者は、過去に遡れば 宇宙は現在よりずっと高温で高密度であったはずだと考えました。彼らは、 この宇宙初期の高温状態で起こる原子核反応によって重い元素を合成できる かどうかの計算を試みたのです。

しかし残念ながら、ヘリウム以外の重い元素は宇宙初期にはほとんど合成さ れないことがわかりました。今日では、それら重い元素は、星の中心核で、 あるいは巨大な星が死を迎えるときの超新星爆発の過程で合成されることが わかっています。

しかしガモフらは、もし宇宙が過去には高温で高密度であったとしたら、 その時点から残された光、すなわち放射が現在も宇宙空間に満ちているはず であることも理解したのです。この放射は、特定の形のスペクトル (黒体放射のスペクトル)を示すであろうことが予想されました。 黒体放射のスペクトルの形は放射の温度だけで決まります。時間が経つに つれて、宇宙膨張の結果として、この光のスペクトルは波長の長い方に赤方 偏移したはずです。この赤方偏移によって、放射のスペクトルが示す温度は、 当時に比べて現在は1000倍も低下しているはずです。

1963年、ニュージャージー州のホルムデールで、アンテナを使って通信 衛星からのマイクロ波を受信する研究をしていた二人の科学者が、通信の邪魔 になる雑音源を調査しているうちに、ビッグバン時代から残された化石ともい えるこの放射を発見しました。「宇宙マイクロ波背景放射」と 呼ばれるようになったこの放射は、赤方偏移して絶対温度3度まで冷えて いたのです。二人の科学者、ペンジアスとウィルソンはこの発見により ノーベル賞を授与されました。この宇宙マイクロ波背景放射の発見は、宇宙が 過去には高温・高密度の状態にあったことを実証し、ビッグバン宇宙論は 世界中の天文学者のほとんどすべてに受け容れられるようになったのです。

宇宙マイクロ波背景放射の存在が確立すると、天体物理学者は、この放射 を使って初期の宇宙の何らかの性質を測定できないかと考え始めました。 ビッグバン宇宙論によるとこの放射は、宇宙が約30万歳つまり今から100億年 以上昔に物質が宇宙の中でどのように分布していたかと言う情報を 含んでいるのです。

その当時は星も銀河もまだできてはいませんでした。宇宙は、電子と水素及び ヘリウムの原子核からなる高温のスープのような状態にありました。 これらの粒子は、当時約3000°Cの温度であった宇宙背景放射の光子との 衝突によって常にあちこち引きずりまわされていました。


まもなく、宇宙膨張によって放射は冷え、電子は水素とヘリウムの原子核 と結合して、水素原子とヘリウム原子を作りました。それ以来、背景放射 の光子は水素原子やヘリウム原子と衝突することなく、自由に宇宙空間を 伝わるようになりました。これがいわゆる「宇宙の晴れ上がり」です。

今日観測できる宇宙マイクロ波背景放射の温度は空の場所ごとにほんの少しづ つ違う、すなわち温度の「ゆらぎ」があるべきことに科学者は気づきました。 このゆらぎは、宇宙の晴れ上がりの時点で宇宙の異なる場所にあった密度 の違い(密度ゆらぎ)を反映するものです。ここにすばらしい可能性が生ま れました。空の異なる場所において宇宙マイクロ波背景放射の温度差を測る ことによって、天文学者は、100億年以上も昔の初期宇宙に存在した物質密度 のゆらぎを、直接測ることができるのです。

 1990年にCOBE(Cosmic Microwave Background Explorer: 宇宙 背景放射探査衛星衛星)とよばれる人工衛星が、全天にわたってこの背景放射の 温度ゆらぎを精密に観測しました。10万分の1という微少なものでしか ありませんでしたが、COBEが測定したゆらぎは、宇宙がわずか30万歳であった 時の密度ゆらぎを明らかにしたのです。

これらの密度ゆらぎがその後成長して、今日スローン・ディジタル・ スカイサーベイで観測されている、銀河、銀河団、超銀河団などの 宇宙の構造を形成したのです。スローンのデータを、COBE衛星のデータと あわせれば、天文学者は150億年前から100億年前までの期間に、密度 ゆらぎが宇宙の中でどのように成長してきたかを再現することが できるでしょう。この情報によってわれわれは、宇宙の歴史を深く 理解することになるはずです。それはほとんど信じられないほどの科学的 かつ知的な偉業なのです。

しかし、密度ゆらぎの成長を知ることができても、宇宙初期にそのゆらぎが 最初にどうして存在していたかという疑問には答えることができません。 さらに、その答えは、宇宙が永遠に膨張するかあるいは再び収縮に転じるか ということがわかったとしても得られるものではありません。その答えを知るた めには、密度ゆらぎそのものの性質を知り、ゆらぎの形態と存在を予言する ことができる、宇宙の起源に関する理論体系を構築しなければなりません。



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