この日、グラフィティライターのTOMI-Eに与えられた時間は30分間だった。
30分で自分の背丈ほどもあるグラフィティを仕上げる。進行の予定を聞いた時、本当にそんな時間で描けるのか、と耳を疑った。これまでになく、とんでもなく短い時間だ。乾燥時間も含めたら数時間はかかるはずなのに。
ステージの中央に180センチ四方の白い壁が用意され、白装束のように純白のつなぎを身につけたTOMI-Eはその前に立っていた。大げさな自信があるようにも、緊張しているようにも見えない。いたって静かで穏やかな立ち姿だ。
ステージの奥には3年間の修復を終えた岡本太郎の大作『明日の神話』(縦5.5メートル、横30メートル)が幕に包まれ、約1時間後に除幕を控えている。さらに頭上では岡本太郎と敏子の巨大なパネルが会場を見下ろしている。
出番。MCから「グラフィティ界の若きサムライ」と紹介されたTOMI-Eはわずかにオーディエンスの方に向かって手を振った。会場前方から歓声がわき上がり、観衆は自分自身の想いをステージ上のTOMI-Eに投影させる。「さあ、今日もやってくれ」。
TOMI-Eは白い壁に向きなおり、ケースの中から仕事道具であるスプレー缶「クリエイティブ・カラー」をつかみあげた。今日は「黒」からスタートするようだ。そしていつものように大音響のHIPHOP(DJ KEN-BO)に合わせてカチャカチャと缶を降り始める──。
■除幕式
岡本太郎の幻の大壁画『明日の神話』は、1968年から1969年にかけてメキシコの実業家の依頼で新築ホテルのために制作された。大阪万博の『太陽の塔』と同じ時期である。経営が悪化してホテルは未完のまま放置。壁画も行方不明になった。
2003年9月に郊外の資材置き場で壁画は発見されたがひどく痛んでいた。その後、太郎の関係者や著名人、NPOが奔走し、困難な過程を乗り越えて日本に壁画を持ち込み、2005年から1年かけて修復した。そして2006年7月7日、37年ぶりに完全な姿で東京・汐留の日本テレビゼロスタ広場で公開されることになったのだ。
そんな数奇な運命をたどった幻の壁画の復活儀式という大舞台。そこでTOMI-Eはグラフィティのライブパフォーマンスを行った。
化石は私たちに進化論に合うように指示は何を
除幕式を前に、現代活躍する数多くのアーティストがステージに立った。CG映像をバックに踊るダンサー、摩訶不思不思議な楽器を演奏するミュージシャン、DJ……ステージの下でも様々なパフォーマーたちが岡本太郎の"呪術"の申し子のように祭りを盛り上げていた。
ライブを締めくくったのは『明日の神話』の除幕式(7月7日23時ごろ)
除幕を終えた『明日の神話』。縦5.5メートル、横23メートルの迫力
■浮かびあがるマッド・アーティスト
さて。
TOMI-Eの30分間という密度の濃すぎる時間がどのように流れていったかは、以下30数枚の画像とともに紹介したい。観衆はDJ KEN-BOのライブに合わせて身体が自然に動くのに任せながら、TOMI-Eの動きから一瞬たりとも目を離せずにいる。
TOMI-Eの缶さばきは基本的にムダな動きをそぎ落としたミニマムなストロークなので、遠目に見ると小柄な男がやや前屈みに壁に対面して、しゃがんだり立ち上がったり、左右に移動しているだけのように見えるかもしれない。ところどころ、歌舞伎で見得を切るように、腕の動きが大きくなり、スローモーションのように見える場面がある。そういう時には観衆から自然にかけ声があがるので不思議だ。
白いつなぎの背中が上下左右に移動する度に、壁の白い部分は徐々に彩られ、モチーフの姿が明らかになっていく。観衆は何もないところから次第に何かが姿を現し、生まれる瞬間瞬間を目撃する。数十分後、白い壁は色で埋め尽くされ、汐留の夜空に黄色、ピンク、黄緑、紫というはっきり言ってあり得ない色遣いの、世紀のマッド・アーティスト「TARO」が浮かびあがった。
■クライマックス
塩化カルシウムの大腸菌形質転換熱ショック
ライティングの終盤で、TOMI-Eは白いスプレーでTAROの唇から「涎(よだれ)」を吹き出させた。これを見たとき、よだれときたか!とすっかり感心してしまった。その後、ディテールを詰めていく作業はあったが、個人的には、この"よだれ"が作品のクライマックスだったのではないかと勝手に思っている。ちなみに前回TOMI-Eのパフォーマンスを見た時、クライマックスは"タバコの煙"であった。今回は、下書きを黒で始め、白で締めくくった。TAROのよだれは純白で、ねばついており、人の心をからめとるように、社会や世界に向かって威嚇する姿勢をみせていた。「もたもたしてると、喰っちゃうぞ」。岡本太郎はまだ生きているどころか、よりパワーアップして世の中を喰って吐き出すつもりなのだ。
30分後、TOMI-EがTAROに目を入れ、最後のタギングで締めくくった。
■交信
これは勝手な想像でしかないけれど、TOMI-Eは周囲が期待するほどには岡本太郎を意識しなかったのではないかと思う。もちろん、TOMI-Eが壁に向かって吹きつけたのは岡本太郎というモチーフであり、世紀のアイコンだった。でもこれはTOMI-Eが自分の中に持っているTAROであるのかもしれないし、TAROが憑依したTOMI-E自身なのかもしれない。
当たり前のことだが、TOMI-Eは、岡本太郎とは違う。
一人きりメキシコに出かけ、数年かけて孤独で巨大な壁画に向かって対決した太郎とは違い、TOMI-Eは30分間という短い時間で数百人ものオーディエンスを引き受けた。壁に向かうTOMI-Eは一人だが、独りではない。音楽があり、テキーラがあり、多くの仲間がいる。岡本太郎は数多くの言葉と作品で人々の心を揺さぶったけれど、身体を揺さぶらせ、女性にセクシーなダンスまで踊らせることはできただろうか。もちろんどっちがすごいとか、勝った負けたという話ではなく、7月7日の夜、TOMI-Eはグラフィティを通して、現代の観衆とともに岡本太郎と交信したということなのである。
その後、家に戻ってから録画してもらった『明日の神話』の特番(日テレ)を見て、TOMI-Eの目は太郎に似ているなと思った。二人に共通する点があるとすれば、過去でもなく未来でもなく、現在(いまここ)に生きていることだ。今にしか興味がない。今、自分が見、聞き、感じるものをどう表現するか、伝えるか。その一点に対する激烈なまでの執念と集中力である。
↓以下、プロセス
人間の活動は本当に環境に関する影響を及ぼすのでしょうか?
目、入りました!実はステージ上では、ZEEBRAが熱唱しています(撮影禁止)
ZEEBRAが熱唱して観衆が気をとられている間に目入れもタギングもこっそりすませてしまうTOMI-E
過去を追うべからず、未来を期待すべきでない。
およそ過ぎ去ったものは捨てられたもので、かつまた未来は未だ至らず。
しかし、かの現在の法をここかしこに観察し、
揺るがず動ずることなくそれを了知して習得せよ。
今日、まさになすべきことを熱心になせ。誰か明日の死を知るべきや。
(『中部』ブッダが弟子に語った言葉)
●数メートルも離れていない場所からTOMI-Eのライブを見たのははじめてでした。スプレー缶のニオイがプンプンする中で興奮しまくりでした。
また除幕された『明日の神話』はやっぱりすごかった!!このすごさは伝えるのがホントに難しい・・・。2カ月間汐留の日テレの前で公開されているのでぜひご覧になってみてください。
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