2012年4月12日木曜日

コロラド便り−行動遺伝学研究所留学記−|子ども未来紀行|図書館|チャイルド・リサーチ・ネット(CRN)


III - iii ブロス先生と小児法学(pediatric law)

 このように日本人の私たちの行動様式まで一時的に変容させてしまうようなアメリカ文化の対人関係の敷居の低さというのは、日本人のそれと根本的にちがうのでしょうか。決してそうではなさそうだ、と考えさせられる話を、前回の最後にご紹介したケンプ子どもセンターKempe Children's Center*1(写真, ホームページはこちら)でインタビューさせていただいたドナルド・ブロス博士Dr. Donald C. Brossからうかがいました。


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 もともと前回ご紹介したセンターのパーティーで知り合ったある女性スタッフの関わるプログラムを見学させていただくつもりで、ちょうど私の所にたずねてきてくれていた山梨大学の発達心理学者の酒井厚先生といっしょにセンターを訪れたのですが、あいにくその方が出勤されておらず、代わりにセンターの説明をお願いできる方をと受付に頼んだところ、応対をしてくださったのがブロス博士でした(写真)。ここでも「敷居」はとても低く、すぐに「よかったら、お茶でも飲みながら話をしよう」とすぐにキッチンにわれわれを案内してくれ、「コーヒーにするかい、それとも紅茶? 好きなカップを使ってくれていいよ」と初対面とは思えない気さくさで応対してくださり、マグカップを手に図書室で2時間近くお話をうかがいました。


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 ケンプ子どもセンターの主要な仕事は、虐待/ネグレクト(養育放棄)児童の救出とその発育支援です。センターの前身は1962年に児童虐待の事実を世に被殴打児症候群(battered child syndrome)として知らしめた小児科医として日本でも知られるヘンリー・ケンプ博士Dr. C. Henry Kempeが1972年に設立した国立児童虐待ネグレクト予防処遇センター(The National Center for the Prevention and Treatment of Child Abuse and Neglect)でした。このセンターは昨年(2002年)7月、第14回国際児童虐待防止協会(ISPCAN:The International Society for the Prevention of Child Abuse and Neglect)の国際大会*2を主催しました。


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 ブロス博士の話で、まず第一に興味深かったのは、彼の専門が小児法学pediatric lawだということです。「そういう概念があることに驚きました」と素直に伝えると「そりゃそうだろう、私が作ったのだから」。あとでインターネットでブロス博士の業績を調べてみて、彼がコロラド大学医学部小児科の家族法の教授で児童の法律の専門家としてたいへん著名な方で、その活動に対して数々の賞も授与されており、センターでは教育・法律相談部の部長であることを知りました。アメリカでは虐待やネグレクトが疑われる児童に対して、早期に介入することを可能にする法的整備が整っているということが知られています。わが国ではようやく2000年11月から「児童虐待防止法」の施行により、児童虐待を発見しやすい保育士、教師、医師などが、疑わしいケースを通報する義務をもつことが明示されましたが、アメリカで� ��30年以上も前からそうした取り組みをしています。*3


 「疑わしきは通報」をモットーとするアメリカの児童虐待関連の法律のもとで、時には本来引き離すべきでない親子関係を引き裂いてしまうという誤った結果をもたらすケースもあると聞きますが、それはどんな制度にもしばしばみられる官僚的な運用の弊害でしょう。ブロス博士の話を聞くと、法はそれを使う人間の見識によって人を生かしも殺しもするのだと言うことがわかります。

 それを端的に示すケンプ博士の逸話を聞かせていただきました。彼のいる小児病院の眼科に、ある地方のお医者さんから目に異常を訴えるある子どもとその親が紹介されてきた時のことです。その子は先天性緑内障という難病で、すぐに手術をしなければ失明するというので、デンバー病院の眼科 医はただちに手術を行うことを決めました。ところが手術の当日にも関わらず、患者の家族がいっこうに姿を表しません。医師が電話で親と連絡を取ってみると、こういう話でした。その夫婦には以前もう一人の子どもがいたが、病院で手術を受けて死なせてしまったという経験があり、今度もそうなるのではないかとおそれて手術は絶対に受けさせないと頑ななのだそうです。その医師は、その事情をケンプ博士に相談してきました。ケンプ博士は法的措置についてのサポートを得るべくブロス博士の部屋でその眼科医と電話でこういう話されたのだそうです。


 「その子どもの主治医がそれ以上、親に介入したくない気持ちは分かるし、その土地の保護団体がこれ以上の介入を躊躇する事情もわかる。みんなを敵に回したくはないからね。しかしコロラドの法律は、児童虐待が行われると疑われる状況を目にしたら、誰でもそれを調べてもらうことを裁判所に要請することができる。われわれは正しいことをしなければならない。私たちのすべきことは子どもを救うことだ。すぐに法的措置をとって、その子に手術が受けられるようにさせなさい。」

 こうしてただちに3度にわたる弁護士との面接が行われ、親も納得して手術が実施されて、子どもは失明の危機を逃れることができました。

 この話は、見方によっては乱暴と映るかも知� �ません。日本では子どもは親のものとされますので、この場合、ちょっと説得してダメだとわかれば医師は引き下がり、親の意向の方が尊重されてしまうでしょう。これはアメリカの田舎でも事情は同じで、それでその子の主治医は躊躇していたのです。このときそのまま手術をあきらめ、そしてその結果、子どもが失明したとしても、主治医がとがめられることはないでしょう。しかしアメリカの法制度のもとで、ケンプ博士はその法律を利用して、強行に家庭に介入、結果的に子どもを救い出しました。



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